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「磁場と反転」出版と第12回UTA会セミナー

 「Taike Tomekichi」編集作業の中で、2012年8月6日(月)付けで、塩川香世さんが書かれた次のような文章(「磁場と反転」の草稿)に出会いました。

 第12回UTA会セミナーを、意識の流れの中での大きな節目だと語られています。

 少し長くなりますが、そのまま引用させていただきます。

   ◇

 (上略)このセミナーは本当に大きな意識の流れの節目でした。

 その始まりは、セミナー開催日一週間前の田池先生の緊急入院、手術そして退院という一連の出来事でした。

 緊急入院されて、手術から退院まで僅か4日間という短期間にも驚きますが、もっと驚きの体験がありました。

 舞台は、自宅の風呂場でした。

 朝の六時半ごろとはいえ、夏真っ盛りの今、湯船(湯音40℃)に約2時間半の長時間に渡って胸まで浸かったままの状態で発見されたのです。

 呼びかけにも応じない、頬を叩いても反応なし、顔色は土色、意識を失った状態のまま救急車で搬送という事態にもかかわらす、前に発症された脳梗塞も起こさずに、それどころか、救急車の中で意識を回復されたときは、自分の名前も生年月日もはっきりと告げて、意識が飛んだ空白の時間は何であったのかと思ってしまうほどの回復ぶりだったようです。

 実際にそんな長時間、今の時期にしては高い湯音の中に胸まで浸かった状態ではいられないです。脱水状態はもとより、もっと大変な事態になっていても決して不思議ではないです。

 そして、搬送先の病院もなかなか決まらずに、しかしようやく受け入れが決まったのが、とある市民病院でした。そして、その病院と連絡を密にしている大学の附属病院で緊急手術ということになりました。それは約二時間半の手術。聞けば頭に二か所穴を開けて、片側からは水を、そして全体のバランスから、もう片方からは血液を抜くという手術。

 そんな大変な手術だったのに、その直後に面会した私達は、先生の本当に普段と何も変わらない元気な姿を見せてもらい、声を聞かせてもらって、よかった、やれやれと安堵しました。

翌日、病室を訪ねた私達は、もうベッドの上に座っている先生にまたびっくりでした。

 病室での先生のお話は、この一連の出来事を一通り語られたあと、間近に迫っているセミナーのことばかりでした。

 先生の話によると、どうやらこの一連の出来事は、セミナーの引き継ぎをスムーズにしていくために仕組まれたものだということでした。

 すべてが予定通りに流れていっていると言うんです。長く湯船に浸かり意識を失っていても、きちんと発見する人が用意されていて、その人達が適切な手配をしてくれたこと、肉的にはもうダメかもしれない状態なのに考えられない回復をしたこと、すべてが不思議と驚きそしてきちんと用意されている意識の世界のことだったと言うんです。

 私自身は、田池先生が緊急に頭の手術をされるという一報を受けたとき、驚きはしましたが、私の中に田池先生の死は出てきませんでした。しかし、田池先生が言う、セミナー云々の思いも感じ取れませんでした。それよりも、先生の状態如何によっては、セミナーはキャンセルかと考えていました。しかし、先生にはそんな思いは全くなく、セミナーの引き継ぎばかりを話されていました。

 私にしてみれば、そんなこと急に言われてもと戸惑う思いのほうが強くて、こんな元気な先生だから、今はこう言っておられても、いざセミナーになれば、いつも通り田池先生が全部されるだろうと思っていました。

 それが、予定よりも早く無事退院されて、セミナーが近づいてくるにつれて、ああ、今度のセミナーは先生の言われる方向に行くんだなあと感じてきました。正直に言って、今度ばかりはセミナーが待ち遠しいというよりも、何か落ち着かないというか緊張する思いが出てきていました。

 私はそういう心の状態でセミナー当日を迎えたんです。そして、二泊三日のセミナーの間に、拙い未熟な私にとって、貴重な体験をさせていただく運びとなったのです。私は今回ほど、セミナーをしている田池先生のすごさを感じたことはなかったです。意識の世界、田池留吉の世界まで持ち出さなくても、田池先生はすごいと私は感服しました。

 セミナー前から色々とあった今回のセミナーも無事予定通り終了して、私は家路に着きました。

 繰り返しになりますが、第12回UTA会セミナーは、意識の流れの節目でした。始まりはこれまでに語ってきた出来事でした。そして、その終わりの出来事は、肉的には悲しくて辛い出来事でしたが、意識の世界では、もちろん、喜びを私に伝えてくれて、喜びで私を前に一歩進めてくれる出来事でした。

 私は、第12回UTA会セミナーは、田池先生の入院から始まって、我が家の愛犬の急死で終わったと感じています。それらの現象を通して私に伝えてくれた意識の流れからのメッセージは、これからの私にとって大きなものになっていくと思います。

 貴重な意識の流れの一コマを通過しながら、UTAの輪の中で私がなしていくことは、田池留吉の世界へ、一歩また一歩と限りなく近づいていくことに尽きると感じています。

 心の針を向ける、合わせる、田池留吉の世界を思う、本当にただひたすらそれだけを喜びでやっていくことに尽きるんです。

 田池留吉とは何者か、そしてその田池留吉と出会った私とは何者か、それをもっともっと自分の中で感じ取っていける学びが、今、私の中で始まっている、そう言わせていただきたいと思います。

 

 

 では、その節目となる第12回UTA会セミナーの最終日7月31日の始まりと終わりの部分を音声で聞いてみてください。手術後の退院明けとは思えない張りのある声で、UTAの輪の誕生と、UTAの輪がどのような集まりかが語られ、最後は輪の核となる塩川香世さんを中心として、田池先生によって「ふるさと」が異語でも歌われ締めくくられています。

 この後、2012年11月25日に「磁場と反転」が出版されることになり、翌年3月17日には、「磁場と反転」出版記念セミナーが開かれるに至りました。UTAの輪がセミナーとして形になるのは、この3年後、2015年3月8日。そして、その9か月後、田池先生は亡くなられました。

 

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