今、名古屋・大垣の日帰り出張から帰ってきました。
朝7時過ぎに家を出て、もう何日もたったかのような感覚です。場所の移動と時間の流れというのは、何か関係でもあるのでしょうか。奈良や大阪市内に、まる一日出かけていても、こんな時間の感覚はありません。
それはさておき、新大阪へ出るのも面倒と、最寄り駅の五位堂から近鉄電車で名古屋へ出ました。名古屋の読者の方から、昨日電話があり、ご夫婦で名古屋の書店を案内してくれるとのこと、ありがたく申し出をお受けしました。その方との待ち合わせ場所、ジュンク堂書店名古屋店には10時20分に到着。
UTAブック発足当初から担当していただいている人文のKさんに挨拶をし、早速、UTAブックの棚を見せていただきましたが、棚には整然とUTAブックが並べられていました。
ついで、ジュンク堂書店名古屋ロフト店に移動します。名古屋店といい、ロフト店といい、アポなしの訪問でしたが、すんなり担当者の方とお会いできました。ロフト店は、こちらから頼んだのではなく、今ご案内いただいている読者の方のご尽力でUTAブックが置かれるようになりました。UTAブックとしては、はじめてのご挨拶であり、以降も取扱店として本を置いていただくようお願いした次第です。
ところで大垣に向かうべく、名古屋駅近辺へ移動しましたが、ここで読者の方から、「あの建物が名古屋国際センターだよ」と教えてもらいました。ここのライブラリーは外国の方がよく利用され、「英語版の本が完成したら置いてもらえたらいいのに」という話になりました。そこへ、ワタクシめが「行ってみたい!」と言い出したものですから、雨の中、重い荷物を背負って200メートルぐらいを歩くことになったのです。奈良から大型リュックいっぱいにUTAブック全種類をはじめとして、僕が過去につくった本の見本誌の中から学生向きの本を見繕って運んできていたのです。このあと向かう大垣の情報科学芸術大学院大学の学生サロンにおいてもらうためです。その荷物を、実は、書店案内を買ってくれたご主人が背負ってくれていたのです。
「重いから僕が持ちます」と言っても、聞いてくれません。結局、重い荷物を背負わせたまま、国際センターへ立ち寄るのに付き合わせてしまいました。
センター図書室で、UTAブックの名刺を出し、英語版の出版予定があり、完成したら寄贈させてもらえないかと話をしました。話を聞いてくれた女性職員は、「寄贈の本があふれていて場所もないので」と言いながらも、担当者に紹介するからと責任者の方を呼んでくれました。
利用者の邪魔にならないよう、ライブラリーから出て、その方と話しました。「どんな内容か?」からはじまり、著者のこと、本の体裁のことまで質問があり、いちいち答えていくと興味を示されたようで、「ハードカバーは無理だが、言われるようにソフトカバーでつくられるのであれば、ペーパーバックスのコーナーに置いてあげよう」と、自分宛に送るようにと名刺をいただきました。
まだできていない本ですが、本ができたとき、たとえ1冊でも、並べてもらえる場所ができたことが、何ともいえず嬉しいです。
どうという話ではないのですが、国際センターでの体験が、何か妙に懐かしいような不思議な感覚でした。
この後、ご夫妻に名古屋名物の味噌煮込みうどんをご馳走になってしまいましたが、これがうどんのコシといい、味噌出汁の味といい、絶品でした。本ばかりか、ひさしぶりに美味しいうどんを食べたという満足感まで背負って、名古屋から大垣まで移動することになります。
午後1時15分に大垣駅に着きました。1時半の約束でしたが、すでに大垣の読者の方が改札を出たところで待ってくれていました。読者ばかりか、「ココ」というトイプードルまでが大喜びで迎えてくれました。読者の方の飼い犬の1匹だそうです。お話ではもう1匹チワワがいるそうですが、彼は家でお留守番ということでした。ほかにも懐かしい大垣の方々が、全部で5人も一緒してくれることとなりました。
行き先は、喜久屋書店大垣店。新しく取扱店になっていただく所です。店長は「どうなるかわかりませんが、話はお聞きしましょう」ということで、午後2時のアポイントをとっていたのです。大垣読者の方々は、読者代表として後ろに並ぶだけでも、持ちかける話に真実味が出るだろうと、忙しい中、駆けつけてくれたという次第です。
おかげで話は、トントン拍子に進み、おそらく明日には、「意識の流れ」「続意識の流れ」「その人、田池留吉」「第二の人生」「あなた、このまま死んで…」「お母さん、ごめんなさい」「意識の転回」「時を超えて伝えたいこと」、以上8冊が並んでいるはずです。
この後、大垣の方々とお茶を飲み、歓談した後、三洋堂書店新大垣店へ挨拶に伺いました。
最初は事務的な社交辞令で話が進んでいましたが、いつも「田池先生の本、売れてる?」と声をかけてくれる読者の娘さんの話が出たとき、流れが一変しました。
「あー、あのお母さんですか!」と急にフレンドリーになり、出版社と書店という枠がすっ飛んでしまいましたからビックリです。無垢な営業マン、その威力に脱帽というところです。
最後に、大垣の情報科学芸術大学院大学の学生サロンの話が残りました。
種明かしをしますと、いつもお世話になっている大垣の読者Tさん。この方の所有する建物の1階が、情報科学芸術大学院大学の学生サロンとして使われることになったのです。つまりTさんは大家さんというわけ。サロンには、ピアノ、書棚、マッキントッシュのパソコン、応接セットが設置され、学生達が自由に使えるようになっています。Tさん、この書棚にUTAブックを置かせてほしいとお願いしたところ、早い者勝ちだから何でも自由においてくれということになったそうです。
ではというので、UTAブック一そろえと、僕の作った本の中で、学生向きの本をリュックに詰め、Tさんが大家をつとめる学生サロンへとやってきたのです。書棚には、すでに建築関係や美術関係等々、様々な本が並んでいます。それを整理し、UTAブックをまとめて置ける空間を作りだし、本を次々と並べていきます。(写真下)
また一つ、作り出した本の置き場が決まりました。これらの本を、どんな若い人たちが手に取るのか、どんな思いを持つのか、考えただけでワクワクします。「こんな本!」と思っても、何か気になって、また手にとって読んでみた。手にとって読んでは見たが「何を書いているのかワカラン!」と投げ出したものの、またまた気になって読んでみた。そんな若い人の声を聞いたことがあります。
そんなUTAブックとの出会いが、ここでもあるのかもしれません。ないのかもしれません。でも、本を人の目に付くところに並べることで可能性はつくれるわけです。
そんな機会をつくっていただいた大垣、名古屋の読者の方々、ありがとうございました。
(学生サロンに並べられたUTAブック)