岡田さんと今日の待ち合わせ場所は、地下鉄・竹橋駅。宿泊しているビジネスホテルからは20分で行ける場所。念のためとホテルを早く出たが、待ち合わせ時間よりも20分も前に着いてしまった。 竹橋駅のB3出口を地上へあがってみると、そこは大手前政府刊行物サービスセンターの前。
「ここなら仕事で来たことがある」と、急に身近な場所に思えたが、そのセンターの向かい側、皇居の水堀傍に威圧的な銅像が人目を引いている。
大手前の政府刊行物センターは仕事で何度か来たはずなのに、こんな銅像があることにはまるで気付かなかった。それにしても、この像、一体、誰のものなのだろうか。
待ち合わせ時間にはまだ少しあるので、ともかく傍まで行ってみることにした。折から水堀を清掃しているのだろう、一台のボートが近づいてきた。見ていると、お堀のゴミやら藻を網ですくって回っている。この場所では、ごく当たり前の風景なのだろうが、旅行者の目には珍しい出来事に出会ったような新鮮な驚きがある。要は、おのぼりさんの目になっているのだろう。
仕事で来ているときは見えなかったものが、おのぼりさんの目になったとき、見えてくるモノがある。
この銅像もそうだ。自分が、おのぼりさんになってみて初めて見えてきたのかもしれない。ところで、この銅像、誰のものかというと、なんと和気清麻呂のものだった。これも驚きだ。
何が驚きなのか、これは「営業日誌」なので、詳しいことは省くが、昔、道鏡という悪僧がいた。少なくとも歴史上の常識では、日本国にとっては大悪人として扱われている。女帝・称徳天皇 ( 孝謙天皇 )に取り入り自ら天皇になろうとした人物だ。いくら野心家でも、「自分が天皇やりまーす」ってなれるものでもないし、いくら称徳天皇が気に入っているからと言って「彼を次の天皇にしようと思うの」ということもありえない。
そこで出てくるのが宇佐八幡宮の御神託というわけ。恐れ多くも宇佐八幡宮の御神託が「道鏡を天皇に据えれば、世の中、うまく治まるぞ」と言っている。すわ一大事と、この和気清麻呂が北九州の宇佐八幡宮へ駆けつけ、神託が本当かどうか確かめに行く。結果、「あんなのは嘘っぱちだ。天皇家の血筋をひかないものを天皇にすえれば、世の乱れのもとになる」と、道鏡の陰謀をうち砕いた。このため、清麻呂は国家の英雄として賞賛されるようになったわけだ。そんなわけで、今も皇居のお堀端に立って、天皇を守っているというわけだ。
この話のポイントはなんだろうろう。道鏡でも、和気清麻呂でもない。宇佐八幡宮の御神託だ。次の天皇を決めるのに、伊勢神宮ではなく、遠い北九州の宇佐八幡宮の御神託が影響力を持っているのだ。中央政権が、地方の神様の言葉に支配されている。天皇家にとって、北九州とは何だったのだろう。宇佐八幡宮とは何だったのだろうろう。
そんなことを考えているうちに約束の時間が来てしまった。そろそろ、おのぼりさんモードから仕事モードへ切り替えなければならない。
今日最初の大きなテーマが、書籍の電子化。この大きなテーマについて、岡田さんのご友人で、株式会社クリエイジを創設されたN社長のお話を聞かせてもらおうというわけだ。
ではまず、Nさんとはどういう人なのか。同社ホームページによると、Nさんは1948年、倉敷は児島の生まれだという。僕とは同い年だ。団塊世代の同志ということになる。これでぐっと身近な存在となった。
1971年、慶應義塾大学工学部管理工学科を卒業した後、野村総合研究所に入社し、1973年にはスタンフォード大学院でオペレーションリサーチ学科の修士課程を修了されている。1982年には、野村総合研究所経営戦略コンサルティング室室長となり、以後、野村総研の重職をを経て1993年には、郵政省・郵政研究所 第三経営経済研究部長を兼任され、2004年、株式会社クリエイジを創設された。すごいエリートだ。身近になったと思った存在が急に遠いものになっていった。
それはさておき、クリエイジという会社がどんな会社かというと、ビジネス書のネット書店ということになる。ただネットで本を売るだけでなく、「創造的で迅速な意思決定をすることを支援するための仕組みとコンテンツを、総合的、簡便、安価に提供し、社会経済の発展に寄与する」ことを事業目的としている。
何にしても、ネットというシステムを利用し本を販売している、いわば同業者だ。これでまた少し身近な存在となった。しかもNさんは、経営コンサルティングのプロであり、情報処理能力に優れ、情勢判断と、それにどう対処していくかのノウハウも持っておられる。
お互いの自己紹介を済ませた後、今日の課題に入る。本の電子化にどう対処するか?
まずNさんが、業界の現状についてレクチャーしてくれる。
書店の大型化と、小規模店舗の撤退。この傾向は、本の電子化に伴いますます顕著になっていくという見通し。これは身にしみて分かる。そしていずれは、電子図書と紙の本の比率が半々になるだろう……これも分かる。だが、その時期については、Nさんは「そのころは私たちはいないかもしれませんが」と言われた。これについては異論がある。僕は、そうなるのは、そんな遠い先のことではないと思っている。
ただ電子化の波は止められない、これは間違いのないことだろう。
ところでお話を聞いているうちに分かったことがある。今、本の電子化の問題といっているが、実はそれは、電子化だけの問題ではなく、紙の本の問題でもあるということだ。
「本」をどうしたら、潜在的に、その本を求める未知の読者に届けることができるのかということだ。本の存在を知らしめる方法ということになる。少部数の出版活動では、書店に配本するというのは「木」を「森」に隠すようなものだ。はっきり言ってUTAブックは、書店でhな主役になりえない。そこで営業活動が必要になってくる。どこの書店にでもなく、限られた書店に多く配本し、書店の主役は無理でも、コーナーの棚で準主役になれるよう、UTA読者の協力で営業活動を行う。これが今の状況だ。しかし、これには限界がある。そこで電子図書への移行が、これから進んでくるわけだが、そこではどんなことが起こってくるのか。だれでも安価に本が出版されるようになるという現実。今まで著名人や有名出版社しか日の目を見なかった本の業界で、無名の人の書いたものも、有名人の書いたものも同列に電子図書の販売サイトに並んでくるという現実。
そうなったとき、無数の本の中からUTAブックを見つけてもらうにはどうしらいいのか。UTA読者は「検索」すれば出来るのだから、ここで言っているのは、そんな固定購読者層のことを言っているのでなく、潜在的にこの本を欲している未知の読者が、どうすれば、UTAブックにたどり着けるのかを言っている。この問題は、紙の本の問題でもある訳だが、電子図書になった場合、市場で公平に扱われる反面、更に大きな問題となってくるという寸法だ。
問題の本質が見えてきた。「潜在的な読者に、どうすれば本の存在を知ってもらえるか」ということだ。これができなければ、いくら電子図書を生み出しても、ネットという宇宙の中をさまよい続ける塵になってしまう。
そこで出てくるのが、地味ではあるがNさんが取り組んでおられる「WEBマガジン」とか「メールマガジン」いわゆるメルマガという存在。 氏が、「継続は力なり」と言われるように、地味でもこういったメルマガを発行し続け、本の存在をアピールし続けていくこと。そしてブログや、ツィッター等々、狭い範囲でのコメンテーターを育てていくこと。いろんな人がいろんな立場で、ブログやツィッターという媒体使い発言していく。ホームページを立ち上げるのは大変だが、ブログやツィッターなら、わりと手軽にできる。手軽な媒体をつかっての情報伝達、これからは、こういった動きが大きな力となっていくだろう。地方で書店回りの営業をてつだってもらうのも、もちろん、大きな力なのだが、それ以上にミニメディアをつかっての情報発信、これこそが来るべき電子化の大きな力となるような気がする。
そしてもう一つ、岡田氏の言う「フェースブック」の利用。これについては、僕も未知の領域だが、これからの課題として勉強してみようと思う。
以上が、株式会社クリエイジのN社長や岡田さんとのフリートークで、僕が感じたことだ。あくまで僕が感じたことで、クリエイジさんの出した結論ではない。無論、この問題に今すぐ出させる結論など無いのだが……。
最後に大阪屋との新規取引の問題が残ったが、動き出す時間が来たし、上記の問題とも無関係ではないので、東京出張から帰ったら、あらためて報告することにしたい。
まずは、「お時間もよろしいようで……」